2013/11/25(Mon)
 職の御曹司の西面の立蔀のもとにて、頭辨の、人と物をいと久しくいひたち給へれば、さし出でて、「それは誰ぞ」といへば、「辨の内侍なり」との給ふ。「何かはさもかたらひ給ふ。大辨見えば、うちすて奉りていなんものを」といへば、いみじく笑ひて、「誰かかかる事をさへいひ聞かせけん、それさなせそとかたらふなり」との給(のたま)ふ。

 いみじく見えて、をかしき筋などたてたる事はなくて、ただありなるやうなるを、皆人さのみ知りたるに、なほ奧ふかき御心ざまを見知りたれば、「おしなべたらず」など御前にも啓し、又さしろしめしたるを、常に、「女はおのれを悦ぶ者のためにかほづくりす、士はおのれを知れる人のために死ぬといひたる」といひ合せつつ申し給ふ。「遠江の濱やなぎ」などいひかはしてあるに、わかき人々は唯いひにくみ、見ぐるしき事どもなどつくろはずいふに、「この君こそうたて見にくけれ。他人のやうに讀經し、歌うたひなどもせず、けすさまじ」など謗る。

 更にこれかれに物いひなどもせず、「女は目はたてざまにつき、眉は額におひかかり、鼻は横ざまにありとも、ただ口つき愛敬づき、頤のした、頸などをかしげにて、聲にくからざらん人なん思はしかるべき。とはいひながら、なほ顏のいとにくげなるは心憂し」との給へば、まいて頤ほそく愛敬おくれたらん人は、あいなうかたきにして、御前にさへあしう啓する。

 物など啓せさせんとても、その初いひそめし人をたづね、下なるをも呼びのぼせ、局にも來ていひ、里なるには文書きても、みづからもおはして、「遲く參らば、さなん申したると申しに參らせよ」などの給ふ。「その人の侍ふ」などいひ出づれど、さしもうけひかずなどぞおはする。

 「あるに隨ひ、定めず、何事ももてなしたるをこそ、よき事にはすれ」とうしろみ聞ゆれど、「わがもとの心の本性」とのみの給ひつつ、「改らざるものは心なり」との給へば、「さて憚りなしとはいかなる事をいふにか」と怪しがれば、笑ひつつ、「中よしなど人々にもいはるる。かうかたらふとならば何か恥づる、見えなどもせよかし」との給ふを、「いみじくにくげなれば、さあらんはえ思はじとの給ひしによりて、え見え奉らぬ」といへば、「實ににくくもぞなる。さらばな見えそ」とて、おのづから見つべきをりも顏をふたぎなどして、まことに見給はぬも、眞心にそらごとし給はざりけりと思ふに、三月晦日頃、冬の直衣の著にくきにやあらん、うへの衣がちにて、殿上の宿直すがたもあり。

 翌朝日さし出づるまで、式部のおもとと廂に寢たるに、奧の遣戸をあけさせ給ひて、うへの御前、宮の御前出でさせ給へれば、起きもあへずまどふを、いみじく笑はせ給ふ。唐衣を髮のうへにうち著て、宿直物も何もうづもれながらある上におはしまして、陣より出で入るものなど御覽ず。殿上人のつゆ知らで、より來て物いふなどもあるを、「けしきな見せそ」と笑はせ給ふ。さてたたせ給ふに、「二人ながらいざ」と仰せらるれど、今顏などつくろひてこそとてまゐらず。

 入らせ給ひて、なほめでたき事どもいひあはせてゐたるに、南の遣戸のそばに、儿帳の手のさし出でたるにさはりて、簾の少しあきたるより、黒みたるものの見ゆれば、のりたかが居たるなめりと思ひて、見も入れで、なほ事どもをいふに、いとよく笑みたる顏のさし出でたるを、「のりたかなめり、そは」とて見やりたれば、あらぬ顏なり
。あさましと笑ひさわぎて几帳ひき直しかくるれど、頭辨にこそおはしけれ。見え奉らじとしつるものをと、いとくちをし。もろともに居たる人は、こなたに向きてゐたれば、顏も見えず。

 立ち出でて、「いみじく名殘なく見つるかな」との給へば、「のりたかと思ひ侍れば、あなづりてぞかし。などかは見じとの給ひしに、さつくづくとは」といふに、「女は寢おきたる顏なんいとよきといへば、ある人の局に行きてかいばみして、又もし見えやするとて來りつるなり。まだうへのおはしつる折からあるを、え知らざりけるよ」とて、それより後は、局のすだれうちかづきなどし給ふめり。
2013/11/16(Sat)
 男(おのこ)はまた隨身こそあめれ。いみじく美々しくをかしき公達(きんだち)も、隨身なきはいとしらじらし。辨などをかしくよき官(つかさ)と思ひたれども、下襲(したがさね)のしり短くて、隨身なきぞいとわろきや。
2013/11/06(Wed)
 主殿司(とのもりづかさ)こそなほをかしきものはあれ。下女のきははさばかり羨しきものはなし。よき人にせさせまほしきわざなり。若くて容貌よく、容體など常によくてあらんは、ましてよからんかし。年老いて物の例など知りて、おもなきさましたるもいとつきづきしうめやすし。

 主殿司の顏、愛敬づきたらんをもたりて、裝束時にしたがひて、唐衣など今めかしうて、ありかせばやとこそ覺ゆれ。