2013/02/21(Thu)
  池は  勝間田の池。盤余の池。にえのの池、初瀬に參りしに、水鳥のひまなくたちさわぎしが、いとをかしく見えしなり。

 水なしの池、あやしうなどて附けけるならんといひしかば、五月など、すべて雨いたく降らんとする年は、この池に水といふ物なくなんある、又日のいみじく照る年は、春のはじめに水なん多く出づるといひしなり。無下になく乾きてあらばこそさもつけめ、出づるをりもあるなるを、一すぢにつけけるかなと答へまほしかりし。

 猿澤の池、采女の身を投げけるを聞しめして、行幸などありけんこそいみじうめでたけれ。ねくたれ髮をと人丸が詠みけんほど、いふもおろかなり。御まへの池、又何の意につけけるならんとをかし。鏡の池。狹山の池、みくりといふ歌のをかしく覺ゆるにやあらん。

 こひぬまの池。原の池、玉藻はな刈りそといひけんもをかし。ますだの池。
2013/02/13(Wed)
  木の花は  梅の濃くも薄くも紅梅。
 櫻の花びらおほきに、葉色こきが、枝ほそくて咲きたる。
 藤の花、しなひ長く色よく咲きたる、いとめでたし。卯の花は品おとりて何となけれど、咲く頃のをかしう、杜鵑のかげにかくるらんと思ふにいとをかし。祭のかへさに、紫野のわたり近きあやしの家ども、おどろなる垣根などに、いと白う咲きたるこそをかしけれ。青色のうへに白き單襲かづきたる、青朽葉などにかよひていとをかし。

 四月のつごもり、五月のついたちなどのころほひ、橘の濃くあをきに、花のいとしろく咲きたるに、雨のふりたる翌朝などは、世になく心あるさまにをかし。花の中より、實のこがねの玉かと見えて、いみじくきはやかに見えたるなど、あさ露にぬれたる櫻にも劣らず、杜鵑のよすがとさへおもへばにや、猶更にいふべきにもあらず。

 梨の花、世にすさまじく怪しき物にして、目にちかく、はかなき文つけなどだにせず、愛敬おくれたる人の顏など見ては、たとひにいふも、實にその色よりしてあいなく見ゆるを、唐土にかぎりなき物にて、文にも作るなるを、さりともあるやうあらんとて、せめて見れば、花びらのはしに、をかしきにほひこそ、心もとなくつきためれ。楊貴妃、皇帝の御使に逢ひて泣きける顏に似せて、梨花一枝春の雨を帶びたりなどいひたるは、おぼろけならじと思ふに、猶いみじうめでたき事は類あらじと覺えたり。

 桐の花、紫に咲きたるはなほをかしきを、葉のひろごり、さまうたてあれども、又他木どもとひとしう言ふべきにあらず。唐土にことごとしき名つきたる鳥の、これにしも住むらん、心ことなり。まして琴に作りてさまざまなる音の出でくるなど、をかしとは尋常にいふべくやはある。いみじうこそはめでたけれ。

 木のさまぞにくげなれど、樗の花いとをかし。かればなに、さまことに咲きて、かならず五月五日にあふもをかし。
2013/02/10(Sun)
  七月ばかり、いみじく暑ければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月のころは寐起きて見いだすもいとをかし。闇もまたをかし。有明はたいふもおろかなり。

 いとつややかなる板の端近う、あざやかなる疊一枚かりそめにうち敷きて、三尺の儿帳、奧のかたに押しやりたるぞあぢきなき。端にこそ立つべけれ、奧のうしろめたからんよ。

 人は出でにけるなるべし。薄色のうらいと濃くて、うへは少しかへりたるならずは、濃き綾のつややかなるが、いたくはなえぬを、かしらこめてひき著てぞねためる。香染のひとへ、紅のこまやかなるすずしの袴の、腰いと長く衣の下よりひかれたるも、まだ解けながらなめり。傍のかたに髮のうちたたなはりてゆららかなるほど、長き推しはかられたるに、又いづこよりにかあらん、朝ぼらけのいみじう霧滿ちたるに、二藍の指貫、あるかなきかの香染の狩衣、白きすずし、紅のいとつややかなるうちぎぬの、霧にいたくしめりたるをぬぎ垂れて、鬢の少しふくだみたれば、烏帽子の押し入れられたるけしきもしどけなく見ゆ。

 朝顏の露落ちぬさきに文書かんとて、道のほども心もとなく、おふの下草など口ずさびて、わがかたへ行くに、格子のあがりたれば、御簾のそばをいささかあげて見るに、起きていぬらん人もをかし。露をあはれと思ふにや、しばし見たれば、枕がみのかたに、朴に紫の紙はりたる扇、ひろごりながらあり。檀紙の疊紙のほそやかなるが、花か紅か、少しにほひうつりたるも儿帳のもとに散りぼひたる。

 人のけはひあれば、衣の中より見るに、うち笑みて長押におしかかりゐたれば、はぢなどする人にはあらねど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、ねたうも見えぬるかなと思ふ。「こよなき名殘の御あさいかな」とて、簾の中に半ばかり入りたれば、「露よりさきなる人のもどかしさに」といらふ。をかしき事とりたてて書くべきにあらねど、かく言ひかはすけしきどもにくからず。

 枕がみなる扇を、我もちたるしておよびてかき寄するが、あまり近う寄りくるにやと心ときめきせられて、今少し引き入らるる。取りて見などして、疎くおぼしたる事などうちかすめ恨みなどするに、あかうなりて、人の聲々し、日もさし出でぬべし。霧の絶間見えぬほどにと急ぎつる文も、たゆみぬるこそうしろめたけれ。

 でぬる人も、いつの程にかと見えて、萩の露ながらあるにつけてあれど、えさし出でず。香のかのいみじうしめたる匂いとをかし。あまりはしたなき程になれば、立ち出でて、わがきつる處もかくやと思ひやらるるもをかしかりぬべし。

2013/01/30(Wed)
  小白川といふ所は、小一條の大將の御家ぞかし。それにて上達部、結縁の八講し給ふに、いみじくめでたき事にて、世の中の人の集り行きて聽く。遲からん車はよるべきやうもなしといへば、露と共に急ぎ起きて、實にぞひまなかりける。轅の上に又さし重ねて、三つばかりまでは、少し物も聞ゆべし。

 六月十日餘にて、暑きこと世に知らぬほどなり。池の蓮を見やるのみぞ、少し涼しき心地する。左右の大臣たちをおき奉りては、おはせぬ上達部なし。二藍の直衣指貫、淺黄の帷子をぞすかし給へる。少しおとなび給へるは、青にびのさしぬき、白き袴もすずしげなり。安親の宰相なども若やぎだちて、すべてたふときことの限にもあらず、をかしき物見なり。

 廂の御簾高くまき上げて、長押のうへに上達部奧に向ひて、ながながと居給へり。そのしもには殿上人、わかき公達、かりさうぞく直衣なども、いとをかしくて、居もさだまらず、ここかしこに立ちさまよひ、あそびたるもいとをかし。實方の兵衞佐、長明の侍從など、家の子にて、今すこしいでいりなれたり。まだ童なる公達など、いとをかしうておはす。

 少し日たけたるほどに、三位中將とは關白殿をぞ聞えし、香の羅、二藍の直衣、おなじ指貫、濃き蘇枋の御袴に、張りたる白き單衣のいとあざやかなるを著給ひて、歩み入り給へる、さばかりかろび涼しげなる中に、あつかはしげなるべけれど、いみじうめでたしとぞ見え給ふ。細塗骨など、骨はかはれど、ただ赤き紙を同じなみにうちつかひ持ち給へるは、瞿麥のいみじう咲きたるにぞ、いとよく似たる。

 まだ講師ものぼらぬほどに、懸盤どもして、何にかはあらん物まゐるべし。義懷の中納言の御ありさま、常よりも勝りて清げにおはするさまぞ限なきや。上達部の御名など書くべきにもあらぬを。誰なりけんと、少しほど經れば、色あひはなばなといみじく、匂あざやかに、いづれともなき中の帷子を、これはまことに、ただ直衣一つを著たるやうにて、常に車のかたを見おこせつつ、物などいひおこせ給ふ。をかしと見ぬ人なかりけんを、

 後にきたる車の隙もなかりければ、池にひき寄せてたてたるを見給ひて、實方の君に、「人の消息つきづきしくいひつべからんもの一人」と召せば、いかなる人にかあらん、選りて率ておはしたるに、「いかがいひ遣るべき」と、近く居給へるばかりいひ合せて、やり給はん事は聞えず。いみじくよそひして、車のもとに歩みよるを、かつは笑ひ給ふ。後のかたによりていふめり。久しく立てれば、「歌など詠むにやあらん、兵衞佐返しおもひまうけよ」など笑ひて、いつしか返事聞かんと、おとな上達部まで、皆そなたざまに見やり給へり。實に顯證の人々まで見やりしもをかしうありしを、

 返事ききたるにや、すこし歩みくるほどに、扇をさし出でて呼びかへせば、歌などの文字をいひ過ちてばかりこそ呼びかへさめ。久しかりつるほどに、あるべきことかは、なほすべきにもあらじものをとぞ覺えたる。近く參りつくも心もとなく、「いかにいかに」と誰も問ひ給へどもいはず。權中納言見給へば、そこによりてけしきばみ申す。三位中將、「疾くいへ、あまり有心すぎてしそこなふな」との給ふに、「これも唯おなじ事になん侍る」といふは聞ゆ。藤大納言は人よりもけにのぞきて、「いかがいひつる」との給ふめれば、三位中將、「いとなほき木をなん押し折りためる」と聞え給ふに、うち笑ひ給へば、皆何となくさと笑ふ聲、聞えやすらん。

 中納言「さて呼びかへされつるさきには、いかがいひつる、これやなほしたること」と問ひ給へば、「久しうたちて侍りつれども、ともかくも侍らざりつれば、さは參りなんとてかへり侍るを、呼びて」とぞ申す。「誰が車ならん、見知りたりや」などのたまふ程に、講師ののぼりぬれば、皆居しづまりて、そなたをのみ見る程に、この車はかいけつやうにうせぬ。下簾など、ただ今日はじめたりと見えて、濃きひとへがさねに、二藍の織物、蘇枋の羅のうはぎなどにて、しりにすりたる裳、やがて廣げながらうち懸けなどしたるは、何人ならん。何かは、人のかたほならんことよりは、實にと聞えて、なかなかいとよしとぞ覺ゆる。

 朝座の講師清範、高座のうへも光滿ちたる心地して、いみじくぞあるや。暑さのわびしきにそへて、しさすまじき事の、今日すぐすまじきをうち置きて、唯少し聞きて歸りなんとしつるを、敷竝に集ひたる車の奧になんゐたれば、出づべきかたもなし。朝の講はてなば、いかで出でなんとて、前なる車どもに消息すれば、近くたたんうれしさにや、はやばやと引き出であけて出すを見給ふ。いとかしがましきまで人ごといふに、老上達部さへ笑ひにくむを、ききも入れず、答もせで狹がり出づれば、權中納言「ややまかりぬるもよし」とて、うち笑ひ給へるぞめでたき。それも耳にもとまらず、暑きに惑ひ出でて、人して、「五千人の中には入らせ給はぬやうもあらじ」と聞えかけて歸り出でにき。

 そのはじめより、やがてはつる日までたてる車のありけるが、人寄り來とも見えず、すべてただあさましう繪などのやうにて過しければ、「ありがたく、めでたく、心にくく、いかなる人ならん、いかで知らん」と問ひけるを聞き給ひて、藤大納言、「何かめでたからん、いとにくし、ゆゆしきものにこそあなれ」とのたまひけるこそをかしけれ。

 さてその二十日あまりに、中納言の法師になり給ひにしこそあはれなりしか。櫻などの散りぬるも、なほ世の常なりや。「老を待つ間(ま)の」とだに言ふべくもあらぬ御有樣にこそ見え給ひしか。
2013/01/23(Wed)
 菩提といふ寺に結縁(けちえん)八講せしが、聽きにまうでたるに、人のもとより「疾く歸り給え、いとさうざうし」と言ひたれば、蓮の花びらに、

   もとめてもかかる蓮の露をおきてうき世にまたは歸るものかは

と書きてやりつ。誠にいとたふとくあはれなれば、やがてとまりぬべくぞ覺ゆる。さうちうが家の人のもどかしさも忘れぬべし。